本願寺の興亡・信長死闘編
顕如は得度した翌日、父・証如の死によって、第11世本願寺門主に就任している。しかしこの時わずか12歳の若年であったから、彼の後見は祖母である慶寿院が務めることになった。少なくとも彼が一人前になるまでは、本願寺の舵取りは策士・蓮淳の実の娘で…
1554年に得度し本願寺門主になった顕如。彼の門主就任時の大阪御坊(石山本願寺)であるが、父・証如のきめ細かい治世のおかげもあって、巨大な経済都市に成長していた。1562年に発生した火災では、何と2000軒の家屋が焼けた、とある。その規模…
前記事で本願寺の収入3つの柱のうち1つ、加賀一揆からの収入(というか仕送り)を紹介した。この記事では2つめの柱を紹介したい。 仏寺におけるいわゆる本寺というものは、それぞれの宗派の門主が在住する寺のことを指す。顕如の時代の本願寺の本寺は、大…
旅行記+αが、思ったより長くなってしまいました。まさか13記事まで伸びるとは・・・それにしても旅行に行くと、世界が深まっていいですね。本で読むのと実際に行ってみるのとでは、情報の質が違います。頭の中だけではなく、肌感覚で理解できるというか・…