根来戦記の世界

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当ブログ開設2周年 解説と分析~その② 急に増えたXからのアクセス 「黒人奴隷・弥助」騒動

 さて少し前の24年7月16日に、1日あたり230くらいの突出したアクセスがありました。これまでの最高値だったので、なんだろうと調べてみたら、Xからのリンクが急増していました。どなたかにXで記事のリンクを貼っていただいたようです。どの記事のリンクであったか調べてみたら、下記の記事でした。

 

Xからのリンクは普段はほぼゼロなのに、この日だけ急に増えています。リンク先は「晩期倭寇」シリーズにある、2つの記事でした。リンク先は下記です。

 

 はてな?なぜだろうと思っていたら、思い至りました。日大准教授のトーマス・ロックリー氏の研究や著作が炎上した件ですね。これはどういう炎上案件かというと、実は世界を巻き込んだグローバルな話なのです。そういう意味では、晩期倭寇の記事の趣旨的には合っているかもしれません。

 きっかけはアメリカの「アサシン・グリード」というPCゲームです。ブログ主はやったことはないのですが、有名なゲームだということは知っています。この最新作、実は日本の戦国時代が舞台で、しかも主人公が信長に仕えていた、あの元黒人奴隷・弥助なのです。

 ですがこのゲーム、「史実に忠実」をウリにしているはずなのですが、今作に限っては相当変な解釈をしているらしいのです。例えば、主人公の弥助は堂々たる身分の武士です。まあ彼は信長の近くに侍っていたそうなので、二刀を腰に差していた可能性は僅かながらあります(足軽レベルの小者であった可能性の方が、遥かに高いですが)。しかし「黒人はすべからく当時の日本人から、八幡神の化身として敬われていた」という謎設定はどうでしょうか?ゲーム中では、弥助に出会う人々はみな丁寧に頭を下げています。

 何でこんなヘンテコな解釈になったのかというと、ゲームを造る際にこの会社が参考にしたのが、どうもアメリカで出版された弥助に関する専門書と、英語版Wikiの記事であったようなのです。そして実はこの両方に関わっていたのが、冒頭のトーマス・ロックリー氏らしいのです。

 ロックリー氏は弥助に関する本を何冊か書いており、その本には「戦国期の日本では、アフリカ人奴隷が大流行しており、その数はなんと6000人もいた。黒人奴隷が日本の権力者の権威の象徴として使われていたのだ。同時に信長は弥助のことを、大黒天の生まれ変わりと信じていた」という内容だったりするのです。

 このゲームでは上記のような情報を基に弥助の設定をしているので、描き方が超人的かつ荒唐無稽なものになっています。「史実と違う」という批判に対して、ゲーム会社が「いやこれは、史実に忠実なんです」と反論したことから大炎上しているようですね。

 最近のアメリカでは「文化の盗用」という言葉があります。「文化の背景にある歴史や解釈を無視して、商業的な思惑のもとに表層的に文化を取り入れる」ことを指す言葉です。個人的な考えを述べると、ゲームはエンタメですから、歴史ものゲームが全て「歴史的に正しくなければいけない」わけではないだろうと思います。なので「エンタメでフィクションですから」と一言いえば、済んだ話だと思うのですが・・・(そもそもこの文化盗用という言葉、どこからどこまでが表層的なのか?など、定義が難しい概念ではあります。一部「そこに敬意がない」という主張もあるようですが、それもえらく主観的な話だなと思うもので、線を引くことは極めて難しいと思います)

 あとはどうもポリコレ的な運動が関与していることから、話が大ごとになっているようです。最近のアメリカでは(日本も?)行き過ぎたポリコレの反動が来ているらしく、弥助が黒人であるが故に不自然なほどアゲられている、これはおかしいだろう、という議論もあるようなのです。どちらかというと「文化盗用」とは逆のベクトルからの意見です。相反する意見が錯綜していて、興味深いですね。

 そして、どうもこうした風潮に対する反論のひとつとして、どなたかに自分のXで記事のリンクを貼っていただいた、ということのようです。両記事を読んでいただくと分かりますが、東南アジアにおける黒人奴隷の数と実態について、少し触れているのです。

 

この騒動については、Wikiの記事が分かりやすいです。比較的中立的な観点で書かれています。

 

 こうして引用していただくのは、嬉しいことです。ただ私自身は研究者ではなくアマチュア、ただの歴史好きです(大学は史学専攻でしたが)。もちろんそれなりに勉強しており、ブログに載せる記事もなるべく複数の学術論文にあたるようにしています。また荒唐無稽な内容にはならないように、気をつけているつもりです。

 しかしながら専門職の方が行っているように、一次資料に直にあたっているわけではありません。彼らの行っている地道で丁寧な仕事とは質が違う・・・というよりは、そもそも同じステージに立っていないと思っています。当ブログはあくまでも、いち歴史好きが最近の学説を読み漁り、面白いと思ったものを紹介するブログであり、そこにややエンタメ寄りの独自解釈が混ざったものとして見ていただければ、と思うものです。

 ・・・でもロックリー氏の気持ちも少しわかるのです。彼は弥助が好きでたまらないようで、気持ち的にかなり入り込んでしまったようですね。しょせんは素人の歴史ブログですが、私も「他山の石」としなければ・・・と思った次第でした。(続く)

 

ひょんなことから、研究者の方と知遇を得ることができました。鳥津亮二さんという方で、小西行長について本を書いておられます。小西行長は「文禄・慶長の役」において二枚舌外交を行ったことで有名で、またそれを糊塗するために先陣を希望、同僚の加藤清正の足を引っ張ったなどとも揶揄されていることから、あまり人気のない大名です。ブログ主も彼のことはあまりよく知らなかったので、この本を読んでとても興味深かったです。特に二枚舌外交を行うに至った経緯――どうも対馬の宗氏に引きずられた形で加担してしまったようで、今も昔もこういう風に犯罪に関わってしまう人はいるだろうな、と納得してしまいました。「文禄・慶長の役」に関しても、知らないことが幾つかあったのでとても勉強になりました。なお著作の後半部分は、現在知られている限りの行長が発給した文書群が網羅されています。面白いのは、各文書には著者による「見出し」がついているところです。「ちょっと酔っぱらってしまいました」(宴席を共にした島津義弘に宛てた礼状)、「材木調達よろしくお願いします」(材木商に宛てた書状)、「寺沢正成とは仲良くしたほうがいいですよ」(島津忠垣に宛てた書状)など、これが大変分かりやすくて面白いのです。これぞプロの仕事!

 

 

 「文禄・慶長の役」において、秀吉政権・李氏朝鮮の双方を騙していた対馬の宗氏。宗氏は李氏朝鮮に対しては、これまで散々騙してきた実績があるので、今回もイケると思ったに違いない。宗氏の騙しのテクニックについての詳細は、リンク先記事を参照のこと。