根来戦記の世界

戦国期の根来衆に関するブログ

根来戦記の世界 - にほんブログ村 にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

非人について~その③ 祇園社の「犬神人」について

 これまでの記事で言及したように、「非人宿」を管理していたのは「長吏とその配下集団」である。そして畿内にあった、これら宿の総元締めのひとつが「清水坂宿」であった。この清水坂宿に住む配下集団は、「犬神人」とも呼ばれていた。(ただ清水宿にいたこの配下集団の、全員が犬神人と同一であったとは断言はできず、議論の分かれるところのようだ)

 名に「神人」とあることから分かるように、彼らは寺社に属する存在であった。清水坂における犬神人らは祇園社に従属していたが、京以外の寺社にも犬神人はいた。おなじみ石清水八幡宮や、鎌倉の鶴岡八幡宮、越前の気比社、美濃の南宮社にも、犬神人と呼ばれる存在がいたことが分かっている。

 なかなかインパクトのあるこの名の由来であるが、「当時、野良犬は遺棄された死骸を食べる清掃役でもあったので、同じくキヨメとして死体の除去という役割を果たすことから、犬の字がついた」というものや、「祇園社の祭神である、牛頭天王の従者が犬だったので、そこから転じてそう呼ばれた」というものなど、諸説あってはっきりしない。ただ祇園社の犬神人らが、いつ頃から如何にして成立したかは分かっている。

 四条から五条にかけての加茂川の河原に、いつの頃からか田畑があった。不課の地であった河原を、勝手に耕していたものと思われる。1070年、この田畑が訴訟の末、公式に祇園社のものとなっている。四条河原は古くから祇園社のものであったから、訴えを起こしてそれが認められたものと思われる。

 この田畑を耕していた者たち(葬送法師ら?)が、これを契機に正式に祇園社の所属となり、「犬神人」と呼ばれるようになった、というものである。これは彼らが自らの出自を主張するために出してきた所謂「縁起物」に書かれていた内容なので、100%信用できる史料ではないが、内実としてはそう大きくかけ離れてはいないと思われる。

 祇園社に属していた彼らは、社のキヨメに関わる警固・清掃・葬送業務に関わっており、実のところ「籟病患者・乞食・不具者ら」の管理は、彼らの職能のひとつに過ぎないのである。彼らのキヨメに関わる職能として最も有名なのは、祇園会の際の神輿の渡御行列の先頭に立つ姿で、各種の絵画史料からその姿を確認できる。

 

洛中洛外図屏風(上杉本)」より。祇園会の神輿巡業の列の先頭にたつ犬神人。毎年6人が選ばれ、手に八角棒を持って列の露払いをすることから「棒の者」と呼ばれた。彼らの衣服に関しても何らかの規定があったらしく、赤や茶系統の色の衣に白い頭巾、というのが当時の出で立ちであった。

 上記画像のように、彼らは「列の先頭にたって、穢れを払っていた」わけだが、実は葬送の際にも同じような役割を果たしていた。洛中で葬列が行われる際には、同じように先頭には必ず彼らの姿が見られたのである。そして彼らは「洛中における葬送権」をも持っていた。詳細は別記事で紹介するが、この権利は儲かるものであったようだ。

 またこの犬神人は、いつの頃からか弓の弦を製造販売するようになっていた。弦を製造するには動物性の膠が欠かせなかったから、非人らが扱う領域の仕事だったのである。

 

洛中洛外図屏風歴博甲本)」より。中央の2人が犬神人。ここに描かれているように、弦を持って洛中を行商していたものと思われる。左の男が犬神人に弓に弦を張るのを依頼している場面。「つるめそ」の掛け声に呼ばれて、家から出てきたのであろう。

 売り歩く際に発する「弦を召せよ」というその売り文句から、犬神人は「つるめそ」とも呼ばれるようになる。こちらもあくまでも犬神人らの職能のひとつに過ぎなかったのだが、次第にこの弦の製造販売の方がメインとなっていくのである。

 近世に入り、身分制と各種職能の再編成が行われる。犬神人らの職能に関しても整理が行われ、各種のキヨメ業務や籟病患者らの管理業務は、彼らの手から離れることになる。結果、江戸期にはその多くが弓矢職人となり、町人として階級上昇を果たすのであった。彼らの住んでいた地域は弓矢町と呼ばれ、多くの職人が集住することになり、中には弦の名人として名を馳せる者も出るようになるのだ。

 中世において彼らが有していた「葬送の際に先頭に立つ」職能は、既に江戸初期には失われていたものと思われるが、祇園会の際に行列の先頭に立つ風習の方は、弓矢町の伝統として長く残った。なお階級上昇に伴い(江戸期の記録を見る限り、弓矢町の人間が卑賎視されていた兆候は全く見られない)、列を先導する者は「棒の者」から「甲冑姿」へと装いを変えている。

 この伝統が廃止されたのはつい最近のことで、なんと半世紀前の1974年まで続けられていたのである。若い頃に甲冑行列に参加した人の話が残っているが、「暑い最中に甲冑を身につけての行進は、汗が噴き出し大変だった」そうである。(続く)

 

「耳」「口」「手」など、ハライキヨメの特殊能力を持つ異能人ら。彼らは政府機関に所属し、現代科学では解決できない怪異と戦うのだ――といった内容の、素晴らしく面白い伝奇エンタテイメント漫画。世の中には隠れた名作があるものだ。登場人物のキャラが凄く立っている。1巻で終わってしまったのが勿体ない!続編希望。