根来戦記の世界

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非人について~その⑮ 「非人に近い扱い」をされていた職能民たち

  このシリーズの始めのほうの記事で、非人には「狭義の非人と広義の非人」がいると紹介した。しかしこれまた時期と地域によるのだが、「非人に近い扱い」をされていた職能民というものが数多くいたようだ。

 以前紹介した「狭義・広義」の非人の定義づけは、あくまでも1302年時点でのものである。それより前、例えば鎌倉期における「賤民」の定義はより広かったようで、漁師の子であった日蓮が、自らを「旃陀羅(せんだら)が子」と自称していたことも、前に紹介した。

 また例えば、室町期に成立した「三十二番職人歌合」には「菜売り」「鳥売り」などが「いやしき者なり」として紹介されている。

 

「三十二番職人歌合せ」より。左が鳥売り、右が菜売り。1494年に編纂された絵巻物である。鳥売りは殺生を生業にしていたわけだから理解できるが、菜売りまで同列に扱われているのは不思議である。或いは、菜売りは「卑賎視されていた他の職能を兼務」していたのかもしれない。

 ここでいう「いやしき者」が、どの程度のものを示しているか判然としないのだが、少なくともこの絵巻物の中においては、両者は声聞師らと同列に並べられているのである。これまでの記事で紹介したように、声聞師は「広義の非人」に含まれる職能民であった。また「鳥売り」は「穢れ」に触れる機会の多い職種である、肉類の販売に従事している。つまりは彼らもまた非人と同等であった、ということになるのだろうか。

 中世の京には、「犀鉾神人(さいほこじにん)」という職能民が存在した。この犀鉾神人は祇園社に所属していた神人たちで、その起源は少なくとも平安末期まで遡る。1347年の祇園会に関する史料に、祭礼具として「犀鉾」とあり、これを用意して祇園会に勤仕していたのが、この犀鉾神人らであったと思われる。

 

「年中行事絵巻」より。獅子舞や神楽を先導する形で、4本の鉾が列に加わっている。前方の2本は左右が張った刀身を、後方の2本は直槍型の刀身をつけているらしい。この鉾を奉じているのが犀鉾神人らであったと思われる。

 この犀鉾神人だが、京において「柑類座」を成していた。つまり彼らは果物の採取・販売業に従事していたのである。ところがこの犀鉾神人、果実を収穫する際に害獣をも狩猟していたらしく、次第に鳥肉の販売業へと手を広め始めるのだ。1544年に鳥商売の独占権を持つはずの「鳥座」が、犀鉾神人らの鳥商売を非法行為である、として訴えている記録が残っている。

 この犀鉾神人、祭礼具を以て祇園会に参加することから、「狭義の非人」であった犬神人との類似性が指摘されている。彼らの持つ犀鉾は、キヨメの機能を帯びた呪具なのであり、つまりこれは非人の職能の領域なのである。また鳥肉の扱いに進出したことからも、少なくとも「いやしき者」である鳥売りと、同等レベルの社会的地位にいた存在であったものと思われる。とすると彼らも、非人と同等レベルの存在であったのであろうか。

 実のところ、こうした職種は他にも数え切れないほどある――後のシリーズでも触れるが、馬借や車借らもそうであった。

 運送業者であった馬借らは、河原者や散所法師などが行う「街道の清掃」を幕府から命じられている。また叡山に命ぜられ、非人であった犬神人と共に、住居の破却作業まで行っているケースもある。

 更に絵画史料を紐解くと、彼らは非人層を象徴するものだった「柿色の衣装」を着ていることが確認できる。室町時代に描かれた「一遍聖絵巻」や「石山寺縁起」に描かれている馬借は童形である。この時代に本鳥(もとどり)を結っていないということは、一人前の大人と見做されなかった証なのだ。

 こうした存在を、どう定義すべきなのであろうか?

 どうも中世の賤民たちの定義というものは曖昧で、はっきりしていない。地域によって、また時代によって違いがある、としか言えないのである。

 以下、ブログ主の個人的な考えを述べる――全体的な傾向として、時代を遡れば遡るほど「賤民と定義される職能」が広かった代わりに「差別される度合い」は薄かったような気がする。

 時代が進むにつれ商工業が発達し、かつて賤民視されていた職能民の中には、資本を蓄え豊かになってくる者が出てくる。富の力は強い。豊かになった者から先に、賤民階級から脱出していくのである。

 ポイントは賤民階級からの脱出が、「職種そのものからの離脱」を意味しないということである。階級の上昇と共に、今まで「卑しい」とされていた職種ないし、共同体そのものが階級上昇するのである。

 先の犀鉾神人にしても、果物商売のみならず鶏肉の扱いにまで手を広げ、商業者集団として扱う商品を拡大させている。また彼ら犀鉾神人は、1455年には四条において茶屋商いまでしようとしている。これは勢力圏の拡大だといえる。

 馬借や車借に関してもそうである。運送業者であった彼らは、商品の売り買いに関わる機会も多く、中には流通経済に関わる商人として、財を成すものも出てくるのである。

 これとは逆に職種の性格上、なかなか豊かになれない職能もあった。そうした職能はまた、傾向として穢れの度合いの多い仕事でもあったのだ。不運にもそうした職能に関わっていた民たちは、賤民階級から脱出することができなかった。他の職能民が徐々に賤民階級から脱出していく中、残された彼らに対する「差別される度合い」は逆に強く、濃くなっていく――中世の賤民の変遷は、大体においてこうした傾向にあったものではなかろうか、とブログ主は考えるものである。

 戦国の世が終わり、豊臣期から徳川幕藩体制に至る確立過程で、身分と職能の再編成が行われる。これまで曖昧であった被差別民たちも再定義が行われ、江戸期における部落制度へと繋がっていくのであった。(終わり)

 

<このシリーズの主な参考文献>

・奈良の部落史 本文編/奈良市同和地区史的調査委員会 編/奈良市

・河原ノ者・非人・秀吉/服部英雄 著/山川出版社

・京都の坂 洛中と洛外の「境界」をめぐる/中西宏次 著/明石書店

・戦国時代の宮廷生活/奥野高広 著/続群書類従完成会

・室町社会の騒擾と秩序/清水克行 著/吉川弘文館

・京都の歴史 京都市編/京都市史編さん所/学芸書林

・洛中洛外の群像/瀬田勝哉 著/平凡社

・日本の聖と賤 中世編/野間宏沖浦和光 著/河出文庫

室町文化論考/川嶋將生 著/法政大学出版社

・散所・声聞師・舞々の研究/世界人権問題研究センター 編/思文閣出版

・中世京都文化の周縁/川嶋將生 著/思文閣出版

・賤民の異神と芸能/谷川健一 著/河出書房新社

・日本古代中世の葬送と社会/島津毅 著/吉川弘文館

・中近世の被差別民像 非人・河原者・散所/世界人権問題研究センター 編

・新陰陽道業書 第二巻中世/赤澤晴彦 著/名著出版

・日本中世への招待/呉座勇一 著/朝日選書

・その他、各種論文を多数参考にした。