根来戦記の世界

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非人について~その⑭ 京の声聞師たち・中世のカルト教団「彼の法(かのほう)」集団

 この「通夜参籠の術」のギミックは、拙著1巻でも使わせてもらっている。(以降ネタバレになるので、先を読む方は注意)。

 主人公の義姉に対して、種付けをした声聞師らがいる。淀君に対して種付けを行った者らと、同じ党であるという設定である。その党の名を「陀天(だてん)党」とした。この陀天党は、これまた中世に実在したカルト教団をモデルにしてある。

 その教団の名は伝わっていないが、現在の研究者の間では、便宜的に「彼の法(かのほう)」集団、或いは「内三部経流(ないさんぶきょうりゅう)」と呼ばれている。

 この「彼の法」集団は13世紀前半に成立した教団で、密教本流から分派したというよりは、田舎の民間信仰をベースに真言密教を聞きかじった者が、その教えをミックスさせたもののようだ。荼枳尼天(だきにてん)を祭り、人間の頭蓋骨を細工した「髑髏本尊」の前で性的な儀式を行うという、まるで漫画に出てきそうな「カルトの極み」集団である。

 

荼枳尼天荼枳尼天の起源であるインドのダーキニーは、裸身で虚空を駆け、人肉を食べるという凄まじい設定の魔女だ。ヒンドゥー教、もしくはベンガル地方の土着信仰から仏教に導入されたと考えられている。日本の密教は、インドから伝わった中国へ伝わった「中期密教」がベースとなって独自に発展したものだが、本場・インドにおいては異なる進化を遂げた。インドの「後期密教」の中には、性的な要素を取り入れ、女性パートナーと性的ヨーガなどを行う宗派なども生まれたのである。その一部はチベットなどにも受け継がれたが、或いは日本にもどこかの時点で流入し、「彼の法」もこうした概念を基に成立したカルトだったのかもしれない。一応、密教本体にも「ダキニ法」という修法自体は存在したようである。陰陽道的な要素が強く入ったもののようで、陰陽道の研究者・赤澤晴彦氏によると、1322年6月に有力御家人であった千葉家の内紛の際に調伏合戦が行われ、そこで「ダキニ法」が使用されたという旨の記録――「クツ形にいれた供物を、六夜目に狐が食して修法の成就を確信した」というものがあるそうである。ただこれは真っ当な密教の修法らしく、よくある相手を調伏する内容のものであり、性的な要素はみられない。

 「彼の法」集団は、1267年11月24日に前代未聞の不気味な事件を起こしている。公卿・広橋経光が記した日記「民経記」によると、太政大臣西園寺公相(きんすけ)の葬儀が執り行われた際、なんと何者かによって遺体の首が刎ねられ、盗まれるという怪事件が起きているのだ。

 どうも「彼の法」の本尊に使用する髑髏は、高貴な身分の者のそれであるほど霊験あらかたである、という設定だったらしく、それを欲した者の犯行だったようだ。同年同日の「民経記」には「世間には髑髏の儀式を行う僧侶で溢れかえっている」とまで記している。こんな騒動が起きるほど、「彼の法」は一時相当に流行っていたのだ。

 さて、この「彼の法」集団というカルト、ひと昔前までは「真言立川流」という密教の分派と混同されていた。しかし彌永信美氏らによる研究により、現在では「両者は全く別ものである」ということがはっきりしている。そもそもなぜ、こんな混同が起きたのだろうか?

 これは実は南北朝時代北朝方の僧であった宥快が、南朝方の有力な僧であった文観を攻撃するために、巧妙かつ執拗に文観を立川流と結びつけ、更に立川流は「彼の法」と同じものである、とする印象操作を行ったせいなのだ。

 彼の策略は見事に成功し、以降、文観と立川流は邪法教団である、ということにされてしまった。そもそも真言立川流の心定という僧などは、その著作の中で「彼の法」集団の教えを「外法ですらなく邪法だ」とまで批判しているというのに。

 この風評被害のおかげで立川流は、江戸時代には消滅してしまったのである。宥快の宣伝工作は予想以上に功を奏し、現代においてもつい最近――30年くらい前までは、一般的にはそういう認識であったのである。

 著者が若い頃に読んだ、夢枕獏氏の格闘伝奇小説に真言立川流が出てきて、作中ではまさしくそうした描き方であったのを覚えている。これら一連の研究は2010年後半になって成されたものだから、700年後になってようやく、真言立川流の名誉が回復されたといえる。

 この「彼の法」集団と、通夜参詣の術を持つ声聞師一党をミックスしたものが、拙著に出てくる「陀天党」である。出生に関わる秘儀を得手とする声聞師集団で、髑髏本尊の前で行う儀式を以て、種付けをする設定だ。ちなみに100%フィクションの集団である――念のため。

 実際の「彼の法」集団は、室町期である14世紀後半にはほぼ消滅していたらしいが、声聞師集団のカルトな一派として生き残っていたとするならば、案外こんな形だったかもしれない。(続く)

 

夢枕獏氏による伝奇格闘小説。高野山の奥に安置されている空海のミイラ。実はこのミイラにはまだ意識が残っており、精神探査の特技を持つ「サイコダイバー」たちが、空海の意識にダイブしてその秘密を探る、というぶっ飛んだ設定の小説である。ブログ主がこれを読んだのは高校生の時で、激しく衝撃を受けたのを覚えている。この作中に「真言立川流」が出てくるが、「髑髏本尊の前で性的教義を行う」という、典型的な描き方であった。この小説を読んで「真言立川流」を知った人は多いのではないだろうか。