2025-03-01から1ヶ月間の記事一覧
加賀国内において、その勢力を伸長させてきた本願寺勢力。前記事で紹介したように、本願寺門徒らで構成された「郡」という組織が、地域の統治を勝手に行うようになっていた。名目としては守護こそが国を統べる存在なのであるが、国内にもうひとつ別の統治機…
1473年に弟の幸千代に敗れ、加賀から越前に落ちのびてきた富樫政親。蓮如は彼に対して金銭的に補助し、積極的にバックアップしていたようだ。これはなぜかというと、その背景には北陸における信徒の奪い合いがあったからなのである。 吉崎に本願寺がやっ…
吉崎御坊における本願寺の急激な膨張の理由は、なんであったのだろうか?蓮如が編み出した数々の革新的布教方法は過去の記事で紹介した通りだが、実のところ、それらのテクニックの殆どは、この吉崎の地にて完成しているのだ。 名号本尊を書きに書きまくった…
1467年、叡山による2年に渡る「法敵認定」がようやく解けた蓮如。しかし苦難は続くのだ。「寛正の法難」の際、蓮如は寺宝である親鸞影像と共に湖南をあちらこちらと彷徨っていたが、堅田に長くいたことがあった。堅田の町には、本願寺老衆である法住が…
大谷本願寺に攻め入ってきた、叡山率いる暴徒たちから、命からがら逃れることができた蓮如。 取り急ぎ目と鼻の先にあった、青蓮院傘下の定法寺に避難することにする。荒法師で名を鳴らす叡山の衆徒たちも、流石に身内であり門跡寺院である青蓮院にいる限り、…