2025-02-01から1ヶ月間の記事一覧
1465年1月10日、叡山の指揮する暴徒たちに襲撃された本願寺。蓮如たちは迂闊にも全く油断しており、暴徒たちの門内への侵入をあっけなく許してしまったのであった。 ――なぜこんなに状況が細かく分かっているのかというと、この「寛正の法難」について…
蓮如がまだ部屋住みであったころ、真慧(しんね)という僧と出会っている。真慧は蓮如の19歳年下だから親子ほど年が離れているが、互いに信仰について語り合い、意気投合し、親友になったと伝えられている。 この真慧、実は高田専修寺9世・定顕の跡取りで…
室町期における仏教各派の、布教方法はどのようなものであったのだろうか。室町期ともなると、宗教的な空白地というものは存在しなかったから、信徒を増やすには既存の宗派の信徒に働きかけ、転宗させることで塗り替えていく方法がとられることになる。例外…
蓮如は一般向けに工夫をこらし、実に効率的な布教方法を編み出している。この記事では、彼の編み出した独特の布教方法について紹介してみよう。特徴としては、主に3点が挙げられる。 まずひとつ目は、前記事で紹介した「名号本尊」である。蓮如はこれを大量…
ようやく本願寺第8世の座に就任した蓮如。長く苦しい日々に蓄えていた知見、そして抱いていた理想が本格的に発揮される時が、ついに来たのである。彼の中では弓の弦はすでに限界まで引き絞られていたわけで、あとは矢を放つだけであった。 蓮如がまず行った…
大谷廟堂の寺院化に成功した覚如。その法脈は、覚如→善如→綽如(しゃくにょ)→巧如(ぎょうにょ)→存如(ぞんにょ)と続いていく。 その中でも綽如はかなりの傑物で、学問に秀でた人であった。明から届いた難解な国書を見事に解読、返書の草稿を書いた功で、…